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作家として
占星術研究家として
家族を持つ一人の男として

心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。


2015年12月2日水曜日

奥さんとRIDE!!

一昨日はわりと温かく、天気も良かったので、リターン・ライダーのリハビリ(?)には適していました。

そして!

なんと奥さんもお休みでしたので、
「一緒に行く?」「二人乗り(タンデム)する?」
と持ち掛けてみました。

しかし、「自分が乗ったためにコケたとか、怪我したとかいうのは嫌だなあ」というので、奥さんは車で行き、快適なロードに到着したら二人乗りするということに。

地元児島には、鷲羽山スカイラインというのがあり、これが昔は有料道路だったのですが、今はフリー。

山の尾根付近を走る道路なので交差点もほとんどありませんし、信号もありません。

所々で景色も楽しめます。


現地に到着し、リアのサスペンションのバネレートを調節。

二段ほどあげました。
これは工具で簡単にできます。

だいたいの勘で二段上げたのですが、これがだいたい正解だったようです。

ノーマルの状態では、5段階のうちの2になっているのですが、これだとリアがタンデム乗車時に沈みすぎるのです。

後ろに奥さんを乗せ、ちょっとどきどきしながら

発進!!!


バネレートを上げたおかげで、一人で走っているときとあまり違和感もなく、コーナーに入っていけます。

この鷲羽山スカイラインは、昔バイクに乗っていた時も、実はあまり来たことがないのです。

たま~にしか走ったことがないので、もちろんコーナーのレイアウトが頭に入っているわけでもない。

なので、慎重に慎重に。


じつは、バイクでタンデムするとき、後ろに乗っている人が、結構重要なのです。

ライダーを信用して、自分が荷物になってくれたらいいのですが、不用意に体重移動などを行うと、ライダーの操作にも影響が出ます。

この点、うちの奥さんはものの見事に荷物化してくれ、私は普通に自分で走っているのと、そう変わらない感覚で走れました。

それはもちろん、一人の時とは軽やかさは違います。

前輪がステアする感覚も、向きが変わる感覚も、微妙に違ってきます。

でも、逆にリアに常に荷重がかかっているので、それはそれで安定感があるのです。

スカイラインを北へ走り、途中でUターンして戻ってきました。


「気持ちいい~~~♪」

というのは、ジェットコースター好きの奥さんらしい感想。

しかし、鷲羽山スカイライン……路面が結構荒れていて、走りにくいところも多い。

自動車で走っても、荒れを感じるくらいのものですから、もう少し整備してほしいな~。



奥さんに撮ってもらったショットです。

見てもらったらわかると思いますが、KATANAは結構前傾した乗車姿勢になります。

長く乗っていると、若干、腰や腕に来ます。


インナーマッスルを鍛える必要があります。

たぶん、それが一番効果的。


とても好きな、KATANAの斜め後方からのアングル。


この後、奥さんと別ルートで、昔よく走った近隣の峠道を経由して帰りました。

わりとちまちましたコーナーが続く峠道で、頻繁に過重移動が必要になります。

昔走り回っていたころのようにはいきませんが、少しずつ感覚を取り戻しています。

体は、本能的にはわかっているみたいです。

ブラインド・コーナーの先に水がまかれたような跡があると、反射的にバイクを起こして(スリップしないように)、ラインを外に逃がし、それ以上膨らまないように体をイン側に落としたり。

思うように動いてくれるKATANA250との相性も良いようです。


もう少し慣れたら、リアに積極的にトラクションをかけるライディングにチャレンジします!



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2015年12月1日火曜日

水木しげる先生、逝く

水木しげる先生が亡くなられた……

享年93歳。

「ゲゲゲの鬼太郎」で知られた水木先生個人のことに、私はあまりにも無知でありました。

太平洋戦争時、軍に召集され、南方で左腕を失うような怪我を負い、生き抜いてこられたこと。

私はしばらく前にヒットしたNHKの朝ドラも見ていませんでしたし、戦後、漫画家として生計を立てていくご苦労なども、私などにはとても想像の及ばないものがあったと愚考いたします。

ちょうど今、次なる作品の構想の中で、この時代のこともいろいろと調べて、考えの中に盛り込もうとしていたのですが、水木先生の人生について知るというのは、自分にとってとても大きな意味がありました。

知るといっても、単に知識を得たにすぎません。

我が家の母よりもさらに10歳年上。

その時代のことは、その時代に生きた人でないと分からない。

でも、自分なりに考えて、何らかのメッセージにはしてきたい……



私にとっても、水木先生というのは、「ゲゲゲの鬼太郎」が第一だったのですが。

じつは、それよりも古い原体験の中に、かすかにおぼろにですが、特撮の「河童の三平」が残っています。

当時の白黒の放送のTVで、子供心にワクワクさせられるような冒険と怖さが同居していた印象だけが残っています。

水木先生のチャートを拝見して、その歴史を振り返る作業をいたしますと、やはりとても強い冥王星の影響があった方だと思われます。

先生の作品の中に登場し、作風の代名詞的な存在となっている「妖怪」ですが。

おそらくチャート上は、海王星か冥王星的存在であろうと考えられます。

先生は月が冥王星とコンジャンクションしているのはほぼ間違いなく、この強い影響が随所に見られます。

それは「死」やおどろおどろしい存在への興味、畏怖といったものだったように思えます。

戦争や死についての創作もなさっていた。


魚座の中で強く輝く金星。

これが先生の漫画という活動を強く暗示しているように思えます。

冥王星的なものへの接点を強め、それが先生の人生を切り開いていったように思えます。


私たちの親の世代にさえ、戦後、楽しみを与えてくださったし、それはそのまま私たちにも受け渡されてきた。

感謝しかありません。

ありがとうございました。
そしてお疲れさまでした。

ご冥福をお祈り申し上げます。




★★★★★★★★



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