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心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。


2018年7月19日木曜日

ギリギリ!

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はああ~~~。

ようやく、前期の大学の講義を終えた。
来週は試験だ試験だああ!

今年度はテキストを一新し(内容は踏襲しているけれど)、そのせいなのかどうなのか。
なんかちょっと、流れが違ったんですよね。
まるで最初に自前のテキストを導入した年みたいに、試行錯誤しました。

生徒の食いつきは良くて、なかなか悪くない講義はできたようには思います。

最終日も「もっとこんなのないんですか」と聞いてきた男子もいました。
前期では「犯人は誰か」タイプの推理小説を軸に講義して、それはすべて私が書いたものですが、解決編をわざと収録していません。
で、一緒に推理しながら講義をやる。
どこにポイントがあるのかなども解説しながら。

彼はどのお話も犯人が当たらなかったみたいで、もう少しチャレンジしたかったみたいです。
過去の短編、少し整理して、来年用に準備するっていう手段もありますね!

なんにせよ、こちらと向き合ってくれて、反応が返ってくる講義というのは楽しいものですし、やりがいがあります。

ボランティア・プロフェッサーなんていうと、なんか肩書きだけはかっこよくて、偉そうなんですが。
実はただの非常勤講師。
お安い給料で、なんか結構ロスの大きな仕事をしています。
熱心にやっている学生さんを真面目に評価しようとすると、かなりよけいな時間も使いますし。
彼らがどの程度、理解できているかということを確認するため、またやる気を引き出すため、プリントなども幾度か配ると、その採点にまた時間を取られる。

でもね。
そういう作業の中で、生徒のこちらを見る目が違うとか(理解しようとやっている生徒は目が違うし、関心を抱けばやはり違ってきます)、質問や発言を受けることがあるというのは、そういう労苦を補ってあまりある報酬です。
うれしいんですよね。

なので、自分の首が絞まるようなこともしてしまう。

あれ……?
私って、もしかするとMっぽいところがあるのかな?

自分を好んで追い込んでいくようなところが、若干…いや、結構あるような…。
その中で喜びを見いだす的な。

そういえば、私はホテルの仕事でも一番しんどいようなことを率先してやってました。
ギリギリの状態が結構好きというのか、落ち着くというのか。

そこをうまくクリアするときの快感を求めていたような……

……Mなのか?

いやいや。(笑)

あ、でも、これはSなのかもしれない。自分に対して。

ということは、結局、ニュートラルなのか。

謎だ。


しかし、この気質はこれまでの人生上で、至る所で顔を出していたことに、今さらながら気づく……
おお、なんか悟ったかも。(爆)

これって冥王星でしょうね。
ま、ほかのホロスコープ構成もありますが、冥王星の影響が強いから、「極限」というような意味がある状況へ自分を追い込みやすい。

うん。
納得。

そういえば、だいぶ前だけど(たしか前世紀)。
「名探偵コナン」の主題歌に、B'zの「ギリギリchop」というのがあって、なんかあれにはかなり共感していたな。

とりあえず誰にも迷惑はかけていない…はずなので、よしとしとこう。

〝大丈夫、私の場合は〟♪(笑)


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2018年7月18日水曜日

このサイクル、最後のひと山

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新しいサイクルはもう予兆としては現れていて、2023年には扉が開く。

そこへ至るまでの間、現在から4~5年あります。

とくに1994年から始まった現在のサイクルは、日本にとっては強い「破壊と再生」の傾向を持っていますし、また「過渡期」の傾向もあるため、「旧来の生き方や価値観、属している集団の中から脱却し、それらを新しくする」という傾向も併せ持っていました。
その前の1964~5年からのサイクルは「作り直し」なのですが。
要するに「作り直し」というのは、古いPCをクリーニングして、今しばらく使える状態にしたようなものです。

これはアジア情勢や東西の対立構造の中で、米国の強い影響下で起きていました。
また経済も国家の体制も、すべてが、たぶん「とりあえず今はこれでいける」という程度の状態だったことを意味します。

しかし、作り直して今しばらく活動できる、という状態は、結局ごまかしでしかなく、1994年以降の強い破壊と再生、過渡期の傾向へ移行し始めると、私たちは明白に前サイクルからのゆがみを突きつけられ、目が覚めるように仕向けられてきました。

1993年 には釧路沖地震や、あの奥尻島が大被害を受けた北海道南西沖地震が発生しました。1991年の雲仙普賢岳の噴火もすでに兆しであったのではないかと考えられます(すでに1994年以降のサイクルの影響が出始めていたと考えられる)。
このサイクルへ入ってくると、にわかに大地が目覚めたように地震も増えます。それも大きな被害を出すものが。
これは過去のデータを調べてもらえば明白です。

1995年には阪神淡路大震災。
同年には地下鉄サリン事件が起きますが、その前年にすでに松本サリン事件が起きています。
1997年には神戸児童連続殺傷事件。
日本と日本人がいつの間にか抱え込んでいたゆがみが、次々と表面化してきます。
21世紀に変わって、災害も加速し、犯罪もえげつないもの、異常なものが際立ってくるようになります。
新潟中越地震ほか、数多くの被害地震が起きる一方、2014年の御嶽山の噴火、あるいは豪雨による水害、土砂崩れなども増え、そして2011年の3.11、死者・行方不明者を合わせると、1万8千人以上(警察庁発表値)の東日本大震災へと至り、さらに2016年の熊本地震。
先日発生したばかりの西日本豪雨災害は、豪雨被害としては平成最大のものとなりました。

気象的なものは、地球環境の変化が大きな要因かと思いますが、1994年サイクルはそういったものを含め、地震や火山など、甚大な被害の出るものを私たちに突きつけてきました。
また「なぜ世の中、こうなってしまったんだ」という事件も増えてしまいました。

これはこの1994年サイクルの持つ破壊と再生の特徴だけでなく、「過渡期」とも関係していると思われます。

要するに古い体質や考え、価値観、システムなどが変わらなければいけないのですが、逆に旧来のものにとらわれてしがみつけばしがみつくほど、強制的に「変える力」が働くのが今のサイクルなのです。

日本は国家としても、新しい状態に脱していかないといけないのですが、それが間に合わないと反動というのか揺り戻しというのか、物理的な力も働いてしまうように思えます。

私たちがこの流れの中で心がけなければならないのは、やはり一番は一人一人の生き方やあり方を、よりよいものへと向上させることだということです。
なんだかお題目めいていますが、本当はそこなのだと思います。

目先のことを見て、なんでもかんでも変われば良い、変えたら良いのではなく。
古いものはなんでも捨てたら良いのでもなく。

むしろ本来持っていた良き資質を捨てたのが、前サイクルだったかもしれないのです。そのためにできあがったのが、私たちが変えなければならないもの、脱却しなければならない旧来のものとも言えます。
時には、さらにそれ以前の良き資質を取り戻す必要もあります。

今の私たちの社会は十分に幸せでしょうか?
もっと幸せになるためにはどうあったら良いのでしょうか?
自分が幸せになるためには何が必要で、何をしたら良いのでしょうか?

喜びのある人生を生きる。
自分が幸せになること、それは周囲の人も幸せになること。

それが共に生きるということではないでしょうか。


不幸な事件や厳しい現実があります。
今回の豪雨災害もそうですが。

しかし、このようなものを目の当たりにすればするほど、気づかされます。
当たり前の日常、そばにいる人との普通の関係がいかに大事か。

多くの人が気づけば気づくほど、そのようなものを見る必要もなくなっていくはずなのです。

この脱却の最後の期間。
私たちは一人一人が、自分がとらわれていた、いらないものを見つけ、脱ぎ捨てていかねばなりません。


次のサイクルの前夜。
これからまだひと山あります。
その山は、2022年ごっろには落ち着きます。
たぶん、これが1994年サイクルの最後のもの。

そこを過ぎたら地震も災害もなくなるということはないと思います。
顕著な時期を越せる、という話です。

そしてその山は、でき得れば多くの人と手を携えて越えたいものです。
一人一人が、今よりも身軽になって。


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