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作家として
占星術研究家として
家族を持つ一人の男として

心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。


2021年3月18日木曜日

目覚めの時3(自覚とは歓喜の道)

 「自覚」を進めることこそが、私たちの真の目覚め。

それは、イコール、「この世界の中での自分を知ること・感じること・覚ること」。


その自覚は、どのようなプロセスでも構わないはずです。

またどのようなもの(中身)であっても構わないはずです。


どのような人も、この世で自分が何であるのか、何ができるのか、知りたがっています。

自分とは何なのか?

これは永遠のテーマです。


この答えを、自分の意志できわめて明快に決めている人は存在します。

たとえばある業界で成功することとか。

金を稼ぐこととか。

芸術で大成するとか。

これらは、「その人にとっての幸せ」であることも多い。


たとえば、若い頃の私は「作家になること」でした。

というよりも、自分は「物書き」なのだから、当然、作家になると思っていました。

だからこそ、現実的で商業的な作家という自分が頓挫したときに、まったく新しい「自分は何であるのか」を見つけなければならなくなってしまった。


これは結構、苦しい道のりとなってしまいました。

なぜなら、このときの私が見つけようとしていた新しい自分は、「職業的に何をしていったら良いのか」「(職業的に)何になったら良いのか」という探し方をしていたからです。

ホテルの仕事は面白かったので、社員になれる道も模索しましたが、なぜかそれは叶わず……


これは非常に多くの人が行う、苦しい模索なのです。

この時の私も、新しい何かになろうとしていましたが、これは小手先の変化でしかない。

目先を変えようとしかしていない。

AがダメならBに、というような考え方です。



まったく「自覚」などなかったのです。

この世界の中での自分を知ること・覚ることではなかったのです。

なぜなら、外に目が向いていたからです。


とはいえ、当時の私が外にばかり目を向けていたわけでもなかった。

どこかで感じていたのです。

そんなことでは解決しない、と。


というのは、すでに知っている部分もあったから。

私は、実は過去においても「作家になりたかった」わけではないのです。

書くことで生きていく人間だから、自然と小説家(など)になるだろうという予感があった。

その予感に従っていたら、作家になることができた、に過ぎない。


今思えば、あの「書く人間なのだから自然と作家になる」という感覚は、間違いなく「自覚」しているものに自分が当然なる、というものだった。


あのときの感覚と、ホテルマンになろうとか、あるいは私を引き抜こうとした社長さんの〇〇の業界で生きていくとか、そういったことは「自覚」とは無縁のものです。

そのときにできる選択でしかなかった。(これも大事です!)


占星術師のプロになるというのも、ある側面からいえば、「その時にできる選択の一つ」でした。

けれど、これは結果的にこれは的を射た。

つまり、無駄弾を打ってみる必要もあるのです。

下手な鉄砲も数打ちゃ当たることもあるわけで、何事も試行錯誤。


どころか!

ホテルの仕事なんか、無駄どころかその後にすごく役立ったわけで。

無駄など一つもない。


無駄に思えること、実らない努力。

これらもすべて、後から考えたら、全部、無駄でないし実っている!


占星術師になるという職業選択は、これは結果的に、なのですが、「職業」を選んだのではなかった。

物書きと同じくらい、もともと持っていた資質で、要するに「自分にはこれがあるじゃん!」というものだったのです(つまり自分を覚った)。

それまで趣味的に熱中した研究を続けていながら、職業的には一顧だにしなかった。


でも、選ばざるを得なくなった、という成り行きでもある。

より正確に言えば、選んだのは、占星術師という仕事ではなく、

・占星術やタロットを使って人に助言を行うこと

・占星術やタロットの知識や技術を人と分かち合うこと

だったわけです(そうすることで、過去生からの因縁となっているものも解き放たれるので、魂の目的が果たされる)。


そういう「有り様」が自分なのだと理解すること。

自分はそういう存在なのだと。

それこそが、「自覚」だったのです。

自分を知ること

自ら覚ること

だったわけです。


そこへ、はよ気づけよ、みたいな。(笑)


これは、ホロスコープ的には、

「素の自分」になることでもあります。


ホロスコープは、その人の有り様を示しているので、もともとのその姿へなることが、きわめて自然なのです。


そして、世の中でよくいわれる

「自分らしい生き方」とか

「自分が生き生きとして生きられる人生」とか

人に希望を感じさせるキラキラしたフレーズですが、こういったものの背景にあるのが、つまるところ「素の自分」「ホロスコープが示している自分」なのです。


当たり前ですよね。

ホロスコープは魂の計画。


そこへ近づけば近づくほど、魂は喜びます。


生き生きとするのも当たり前。

今生でやろうとしていたことができているのですから。

そして、そのルートに入ったならば、ますます弥栄(いやさか)の道が開けるはず。


つまり、自覚の道とは、喜びの道でもある。


その喜びとは、「今の自分のエゴが感じる喜び」とは限らない。

たまたまエゴと魂が、一致していることもあるかもしれないが、エゴが嫌だなと思うようなことでも、やって見て分かることもあるかもしれない。


人生は複雑。

一様には語れない。

幾度も迷う。

幾度も試行錯誤。


でも、それでいい。


かならず、求める者は行き着く。

求めなければ、どこにもたどり着かない。


だから求めなさい。

あなたの魂が歓喜するところを。

頭で考えるよりも、感覚を信じなさい。

考えても良い。考えに考え、その先に行きなさい。


ただ、覚えておきなさい。


自覚と歓喜は一致する。




もうちょっとだけ、補足がありますので、また次回に。



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2021年3月17日水曜日

目覚めの時2(自覚こそが目覚め)

 世界全体が大きな峠を迎えている。

その中で世界も日本も、未来を良くしようとしたら、個人が目覚めることが大事。

小さなことだけれど、「個」の目覚めが進んでいくと、あるところで全体にも大きな変化が起きるはず。


目覚めるってなに?

というお話です。


時代が変化を迎えているから、変わらないといけない、という意識を持ちやすいのですが。

慌てて何かに変わろうとしても、だいたい結果はよろしくない。


だいたい、変わることそのものが目的じゃない。

〝変わろう〟と〝意識〟することは、実は逆。

意識のほうが先に変わるから、生き方も結果的に変わるわけで。

仕事や価値観や愛とか、そういうものの変化に結果的に繋がっていくわけです。


じゃ、意識がどうなればいいのか、というところがポイントです。

それは、何よりも「自覚」です。


自覚という言葉に、どういう印象を持つか。

ほら、良くいわれるじゃないですか。

「日本人としての自覚を持て」とか「我が社の社員である自覚を持て」とか。

「〇〇家の一員としての自覚を持て」とか。


なんか、あれですよね。

こう言われると、〝責任〟みたいなものを押しつけられる感じですよね?

ちょっと嫌な感じ?(笑)


でも、本来は

「自分の置かれている状態、立場や自分自身の能力、価値などを知ること」ですし、仏教的な観点では、「自ら迷いを断って悟りを開くこと」

ですから。

悟りって言葉は、「覚り」とも表記します。


社員の自覚とか社会人としての自覚っていうのは、置かれている環境や組織にウェイトがある言い方なんですよね。

で、そこ(責任)のイメージが強くなっちゃってるだけ。


本当は、自覚って、その文字のまま

自らを覚る

ことだと思うのです。


じゃ、覚るってどういうことかというと、

「物事の真の意味を知る・理解する」とか、「隠されているものや自らの命運などを知る・気づく」

ことです。


だから、自覚っていうのは、

・自分自身を知ること

・自分自身の隠されているものに気づくこと

でもあるわけです。


自覚という言葉のニュアンスの中には、

この世界の中での自分

というような意味合いがすでにあります。


私たちは自分だけで成立していない。

他人や環境があってこそ、自分が存在しているわけで。

〝誰か〟のいない世界で、自覚もへったくれもないわけです。

誰かがいてくれるからこそ、自分を知ることができる。


誰もいないのなら、自分しかないので、自覚すらできない。

自分が自分であることを知る・感じることは、実は根源的な欲求であるはずなのです。これは人間だけではなく、神仏の世界ですら言えることのはず……


この「自覚」を進めることこそが、私たちの真の目覚めです。

それは、イコール、「この世界の中での自分を知ること・感じること・覚ること」なのです。


よく言われる「自分らしい生き方」「自分が生き生きとして生きられる人生」といった、このようなキラキラした言葉の背景に潜在している本質がなんなのか、次回。



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