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作家として
占星術研究家として
家族を持つ一人の男として

心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。


2016年8月4日木曜日

修行者とのランチ


7月末。
修行者が我が家に来訪しました。
なんと占星術の強化合宿です。まる二日をかけた集中個人講座。

まあ、講座の生徒さんであれば、こういったことも稀にはある……じゃないな。我が家での学習はまったく初めての出来事でした(笑)
しかし、おかげさまで我が家は現在キレイです。
:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
(普段からキレイにしとけよって話ですが)(汗)

せっかく遠方から見えられたので、ランチにオステリア・ラ・ルミネセンツァに行きました。


いつもにも増してグレードが高い感じのオードブル。
生ハムとモッツァレラチーズのカナッペとか、魚介のテリーヌとか、カツオのたたき、タコ、お肉など、もうこれだけで満足できちゃう。



私がチョイスした魚介のペスカトーレ。
エビ、でかっ!!
トマトソースが魚介の風味と絡んで最高です。



こちらな夏野菜のオイルソースのパスタ。
これもチーズの風味が効いていて、思ったよりも食べ応えがあります。



私は丹波鶏をメインでお願いしましたが。
これがすごく身が詰まっていて、どしっとしています。
パリッとした皮がまたおいしいっ!!



子羊。
パイ皮で包まれていて、ソースはなんと珍しくゴルゴンゾーラ。




鯛です。カダイフで包み揚げされています。
ソースは甲殻類のアメリケーヌ。濃厚です。カダイフのパリパリした触感とうまみの逃げない鯛の身が……
これもまったく! どストライク!ですね。



ミクルのジェラートが、モモのソースと共に。
下のフルーツはすべて、半ば凍った状態。
暑い季節には泣ける涼やかさです。



お、待ってました。真打。
ゲロゲロくん。
今日もいい仕事してよ。


ゲロゲロ~っとコーヒーに投入。


痛恨のおもらし~~~!(爆)(爆)(爆)
───O(≧∇≦)O────


腹はち切れそうな美味しさでした。
ルミネセンツァの皆さま、ごちそうさまでした。

お陰様で帰宅後、いっそう学習がはかどりました。


2016年8月2日火曜日

新月メッセージ 8/03


新月チャートは、およそひと月ほどのサイクルを司ります。
新しく生まれるサイクル。
私たちには常に新しい人生を開く扉が用意されています。新月という新しい扉を開き、あなたも常に生まれ変わるのです。
生まれ変われるのです。



8月3日 5時44分ごろが新月です。



この新月チャートは、サビアンシンボルが大きなオークの木の枝から吊るされたブランコで遊ぶ子供たちという獅子座10度で生じます(サビアンとしては11度になります)。
この子供たちは、オークの巨大な安定感の中で、安心して遊んでいられます。

北欧神話のユグドラシルのように、古来、巨樹は世界の象徴でした。
世界の中で好きなことをして遊ぶ、それが私たちです。

このチャートは、今回のサビアンシンボルを見事に呈しています。
世界の基礎である土星が太陽と月にトライン。
これはまことに安定的に支えられた状態ですが、一方で海王星のハードアスペクトも働きかけ、この安定を揺るがそうとしています。

ここでは不安な要因を背後に感じながら、人々は安全な領域へ移行しようとします。安全パイを選択しやすく、無難さや平凡さが選ばれることが多い。
傷つくことを恐れ、そのために巨樹の下へ。
そこでひととき、自分を不安にさせるいろんなものを忘れて遊んでいようとします。

チャートの全体像としては、そんなことが考えられますが、この新月を逃避的な遊びに留めず、心の底からの楽しみ、歓喜、好きなことへの熱中に変えられるかどうかは、その人次第です。
この世に生まれた私たちは、それぞれの立場で、それぞれの魂の計画の中で、思う存分楽しみ、命を歓喜すべきです。

この主旨で寄稿したのが、プリンセス☆マリアンさんの獅子座新月のマリアージュへの寄稿です。
関心のある方は、マリアンさんのHPへどうぞ。

小さなエゴの領域で生きてしまうと、上記のような行動となりやすいのがこの新月です。
不安や恐れ、自分を脅かすものの影に巨樹へ入る。守られたその空間で、たとえば自分の好きなゲームをする、本を読む、趣味に興じる、恋人とだけ過ごす。
それもアリです。

ひと時の楽しみや安心を得ることが、どれだけ人を癒すか。

しかし、エゴから解放された人は、このサビアンをもっと大きな視野で受け取れます。
この世の中そのものが巨樹だということは、この世に存在している不幸や不都合なこと、様々なダークサイドでさえ、巨樹の中にあるということなのです。
日が差せば木陰ができるように、巨樹にも闇があります。
そのすべて、光も闇も受け入れて、あるがままに遊ぶことができる。

この世は素晴らしい。
この世は完璧である。

それはエゴから解放された時に初めて実感される。
幸も不幸も、すべては自分のために準備されているのだと知れば、今ここにあるがままにあること自体が、祝福なのであり、歓喜なのであり、それが命なのであると。

宇宙は巨大なゲーム場。
コズミック・ゲーム。
その世界を私たちは生きている。

だから思う存分に、この生を謳歌し、自分のしたいことをして、自分の喜びとすることを味わえばいい。
大きな視野に立てば、自分の喜びは人の喜びでもある。
人を傷つけて得る喜びは、真のものではないとわかる。

真の喜びは、自他の区別もない。

ブランコで遊ぶ子供たちは、同じ喜びを共有しているのだから。

★★★★★★★★