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作家として
占星術研究家として
家族を持つ一人の男として

心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。


2020年10月6日火曜日

最大の肩すかしと魂の変容

 たいがいのことは、ホロスコープは語ってくれます。

しかし、すごく大きな肩すかしを食らったことがあります。


1997年11月~2000年10月。

この世紀末の約3年間、私はほぼ考え得る限り、人生上で最高の導きを得る時期でした。

普通に考えたら、幸運なことが起きます。

仕事がうまく行きます。

独身であれば、決定的と言えるほどの婚期。


当時、私は商業作家として凋落していて、なんとか復活を遂げたいと思っていました。

しかし、それは届きませんでしたし、叶いませんでした。


ホテルで必死に働きながら、かろうじて入る少ない執筆の仕事をこなす毎日。

占星術はまだプロとしては行っていませんでした。


この3年間のことは、ホロスコープ上観測していて、私はどんな状況であろうとも、ここでは絶対! 好転するんだ!

と思っていましたし、信じていました。


 

momokaphotoさんによる写真ACからの写真 


ところがところが。


過ぎ去ってみれば、なにもなかった。(笑)


これは、私の人生での「最大級の肩すかし」でした。


これは普通はあり得ない現象。


もっとも狙いがそもそも違ったのでしょうね。

人間には誰でも好機が巡ってくるタイミングがあるのですが、当時の私は「昔の道」に戻ろうとしていた。


が、違ったんですよね。たぶん。

戻っちゃいけなかった。

戻るとしてもそのルートじゃなかった。


とはいえ、通常はそこで別な道への何かが示されたり、出会いがあったりするもの。

それすらなかった。


なぜそうなってしまったのか?


以前に背負っていた作家としての肩書きが、やはり相当に重いものだったので、それを「外す」ことがなかなかできなかった。

それは私にとって、次のプロセスを迎えるための障害になっていて、おかしなたとえですが、一種、持病みたいな状態だったのだと思う。


もし私が勇気を持って、もっと前に別な道へ踏み出していたら、この世紀末の3年間に今現在へと至る扉が早めに開いたのかも知れない。


今現在に至る扉を自分で開いたのは、2005年のことだから、この世紀末の導きの時期の5年後。


ここからなお、5年を要しました。

その間に、私は「最後のあがき」ともいうべき、極限的な努力をしました。

複数の仕事を掛け持ちしながら、毎日睡眠時間は4.5時間。

メッチャ寒い冬の未明であっても起きて執筆、食後、仕事へ。

帰宅後、執筆。

夕方から深夜までホテル。

深夜に帰宅、食事、執筆。

というサイクルで、数年を過ごしました。


この時の努力が極限的なもので、しかも報われなかった。


この時期、厳しい運勢とは認識していましたが、当時の私は知らなかった別なある非常に強いマイナーアスペクトを刺激する時期で、「容赦ない結果」をもたらしました。


これで、ある意味、燃え尽きたというのかあきらめたのですね。


この体験は必要だったのでしょう。


ここまであがかないとダメだったのかな~?


もっと早くと言っても5~7年程度、早くに扉を開くことができていたら……


でも、当時の私には無理だったんですよね。



しかし。


世紀末の3年間。

何もなかったと言いましたが、霊的な導きというのは実感する出来事がありました。

 ↓

1999年に起きたこと


確かにこの世的(実利的で現実的)には何もなかった。


しかし、あのときのことは忘れないし、いつまでもいつまでも、あのときの感電したような体験は色あせない。


あれだったんだろうな、と思うのです。

私の世紀末3年間の、メインイベントは。


何も起きなかったが、起きたのは精神の中だった。

あのときに、ひょっとして魂に何かが植え付けられたのかも。


スピ鈍なので、わかりませんが。(笑)



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