水木しげる先生が亡くなられた……
享年93歳。
「ゲゲゲの鬼太郎」で知られた水木先生個人のことに、私はあまりにも無知でありました。
太平洋戦争時、軍に召集され、南方で左腕を失うような怪我を負い、生き抜いてこられたこと。
私はしばらく前にヒットしたNHKの朝ドラも見ていませんでしたし、戦後、漫画家として生計を立てていくご苦労なども、私などにはとても想像の及ばないものがあったと愚考いたします。
ちょうど今、次なる作品の構想の中で、この時代のこともいろいろと調べて、考えの中に盛り込もうとしていたのですが、水木先生の人生について知るというのは、自分にとってとても大きな意味がありました。
知るといっても、単に知識を得たにすぎません。
我が家の母よりもさらに10歳年上。
その時代のことは、その時代に生きた人でないと分からない。
でも、自分なりに考えて、何らかのメッセージにはしてきたい……
私にとっても、水木先生というのは、「ゲゲゲの鬼太郎」が第一だったのですが。
じつは、それよりも古い原体験の中に、かすかにおぼろにですが、特撮の「河童の三平」が残っています。
当時の白黒の放送のTVで、子供心にワクワクさせられるような冒険と怖さが同居していた印象だけが残っています。
水木先生のチャートを拝見して、その歴史を振り返る作業をいたしますと、やはりとても強い冥王星の影響があった方だと思われます。
先生の作品の中に登場し、作風の代名詞的な存在となっている「妖怪」ですが。
おそらくチャート上は、海王星か冥王星的存在であろうと考えられます。
先生は月が冥王星とコンジャンクションしているのはほぼ間違いなく、この強い影響が随所に見られます。
それは「死」やおどろおどろしい存在への興味、畏怖といったものだったように思えます。
戦争や死についての創作もなさっていた。
魚座の中で強く輝く金星。
これが先生の漫画という活動を強く暗示しているように思えます。
冥王星的なものへの接点を強め、それが先生の人生を切り開いていったように思えます。
私たちの親の世代にさえ、戦後、楽しみを与えてくださったし、それはそのまま私たちにも受け渡されてきた。
感謝しかありません。
ありがとうございました。
そしてお疲れさまでした。
ご冥福をお祈り申し上げます。
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