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2015年10月31日土曜日

連理の翼4 第1章の3


       3

 吉備の児島。
 それはまるで巨大な壁だった。
 帆を上げたオウスの船団三隻は、そこへ近づいていた。
 
「この島の向こう側に穴海がございます。そしてその向こうに古来栄えてきた阿曽の国がございます」
 弟彦の説明を聞きながら、オウスの眼は近づいてくる児島の威容を映し出していた。平野は少なく、海岸近くまで山が迫ってきている。突き出した鼻のような半島が、近寄る者を威嚇するようだ。
「筑紫にまいりますときに、ご説明申し上げましたが、かのイワレヒコ様が大和に入られます前に逗留され、軍備を整えられた高島も、この児島の向こう側にございます。そこを拠点に、イワレヒコ様は大和に向かわれたのです」
「我らが始祖、大和初代の大王となったイワレヒコか」
「はい」
「理にかなっているな。こうして行き帰りに、吉備の児島を見れば。この島はまるで王都を守る盾だ。大きな盾が弧を描くように吉備の内陸を守っておるようだ」
 弟彦はオウスの言葉を聞き、目を大きくした。
「さすがのご慧眼。皇子様はよう見ておられます。まさにこの児島は、吉備を守る盾のように弧を描いて海に浮かんでおります。穴海の東西にある狭い穴戸。そこを守り抜くことで、阿曽や高島は安泰なのです」
「であろうな。イワレヒコ大王がこの奥の高島に拠点を設けられたのもうなずける……」
 オウスは話をしながら、漠然と胸にあった疑念が形となるのを感じた。
「弟彦」
「はい」
「イワレヒコ大王は筑紫の日向から大和に入った。その言い伝えはまことなのか?」
 弟彦はあまりにも意外な言葉を聞かされたといわんばかりの表情だった。
「むろんでございます。なぜそのようなことを?」
「それが真実ならば、イワレヒコ大王の故地は筑紫であろう」
「…………」
「なぜ、その筑紫とかように争い続けてきたのだ」
「それは……筑紫の中にも協力的な国もあれば、熊襲のようにまつろわぬ国もございますれば」
「しかし、今回の筑紫征伐では、父はイワレヒコの故郷である日向も攻めた。なぜだ? なぜそのようなことになってしまったのだ」
 弟彦は沈黙を守っていた。
「言いにくいことがあるようだな」
「いえ……昔のことゆえ、私もよく知りませぬ」

 弟彦は大和の王権に協力的な尾張の士族の出であった。現在の大和は、こうした近隣の多くの土地の士族たちの結びつきによって成り立っている。近江、北陸、尾張、丹後、但馬、そして吉備……。
 これらの地域の士族が大和に集権することになったいきさつは、オウスにしてもよく知らなかった。耳にしているのは曖昧模糊とした伝承だけである。きわめて漠然とだが、戦乱の続いた時代を経て、国を一つにまとめる機運が高まり、やがて大和にその中枢ができていったということだけは、彼も理解していた。
 そして、その始原の時に、大きな影響力を持つ巫女らがいたことも。

「皇子様!」
 弟彦が叫んだ。
 彼は児島から海へ突き出している半島の突先を指さしていた。
 その高台から煙が上がっていた。
「狼煙(のろし)か」
 オウスの眼にも険しさが生じる。
 その狼煙を受け、遠く離れた別の山でも狼煙が上がる。そうやって離れた地へ、次々に情報を伝達していくのだ。
「どうやら我らは警戒されているようです。これは……思ったより厄介なことになっているのかもしれませんな」
「穴戸だけのことでは済まないということか」
「はい。あのように児島の各所に見張り台を作っているということは……」
「児島全体が賊の手に落ちている……?」
「かもしれません」

 オウスらの懸念は的中していた。
 半島の付け根のあたりにある良港(現・下津井港)に向かっていた彼らの前方に、小ぶりながらすばしこそうな船が幾艘も出現したのだ。差し墨をした剽悍な戦士たちが乗り込んでいた。オウスらの船は20人ほどが乗船できる大型船であったため、小回りという点でははるかに劣り、たちまち取り囲まれた。
「ここは我らの海ぞ! 何者か?!」
 弓を携え、腰には剣を帯びた男が叫んでよこした。
「我らは大和の大王、オオタラシヒコオシロワケ様の使者。この船は大王の皇子、オウス様――またの名をヤマトタケル様――の船ぞ!」
 弟彦が返す。
「皇子様の船に無礼であろう! そなたらこそ何者?!
 男たちの様子からは、むしろ嘲笑めいたものが感じられた。白い歯を見せ、話し合っている。「ヤマトタケルだとよ」「たいそうな御名じゃ」「知らねえな」――。
「我らはこの吉備の児島を支配するアクラ王に使える者。我はその一人、ヒエダよ!」
「アクラ王……?」
 弟彦の表情が曇った。
 いつの間にかそばに来ていたイチフカヤが、オウスの衣の端を握った。
「心配するな。お前は身を低くしておれ」
「大丈夫……?」
「心配するなと言っている」
 オウスは笑みを浮かべ、イチフカヤを押しやった。彼女はうなずきながら後ずさっていく。
 そしてオウスは自ら前に出て、弟彦の隣に立った。
「これは異なことを言う」
 オウスの声が潮風の中を渡った。
「いったい、どこの誰がアクラ王なる者に吉備の児島を与えた。児島は古来、阿曽と共に我ら大和と共存の道を歩んでまいった。このワの国の大王たる父オシロワケ以外、誰がその支配を得ようか」
 波に揺れる視野の中、小舟の男たちにざわめきが走った。
「お前がオウスの皇子か」
 ヒエダの問いに、オウスは「いかにも」と答えた。
 まだガキじゃねえか……と侮る声が聞こえた。その一方で戸惑うような空気も流れた。少年の態度が、あまりにも堂々としており、不敵とさえ映るものだったからだ。
「我らこそ、逆に問う。ワの大王だか何だか知らぬが、この海も島ももともとは我らのもの。それを泥棒猫のようにかすめ取っていったのは、貴様ら大和ではないか」
「大和を泥棒猫というか」
 オウスの顔に怒気がはらんだ。同時にその華奢な体躯にも、猛々しいものがみなぎっていく。
 それを見て、弟彦が後ろへ下がり、部下たちに「号令で全力で漕げ。西の穴戸から阿曽へ向かう」と鋭く指示を発した。
 その呼吸は、見事なものだった。オウスの信が厚い弟彦の面目躍如たる機敏さだった。
「我らの邪魔をするな。そのアクラ王とやら、わが前に来て、非礼を詫び、恭順を示すなら、温情も示してやろう。だが、児島の支配など傲慢な行いを看過するわけにはいかぬ」
「アクラ王様に詫びろだと」
「お前らも大和にたてつくなど愚かなことはやめ、児島を解放するのだ」
「貴様ら大和こそ傲慢なそのもの言い。もはや聞き飽きたわ!」
 ヒエダが「やれ!」と号令を発した。
「漕げぇええ!!」
 弟彦も号令を発し、オウスの横に飛び出してくる。そのときは彼は弓をすでに引き絞っていた。

 取り囲んでいた小舟から、次々に矢が射かけられた。
 オウスは飛来する矢を剣で払った。彼の太刀さばきは、その細い腕からは信じられぬほど速く、弟彦を狙った矢も叩き落した。
 オウスがそうしてくれることを信じている弟彦は、その盾を得ながら次々に矢を放った。
 彼の矢は海上を弧を描いて飛翔し、正確に敵兵を射抜いていった。
「相変わらずいい腕だ、弟彦」
「皇子様こそ!」
 二人の活躍に触発され、ほかの二隻の大和の兵たちも船上から次々に矢を放つ。

 大型船ゆえに、大和の船は速力が上がるのにはやや時間がかかる。何より帆の力もあるので、そこまでの時間させ稼げれば、敵の小舟を振り切ることは可能だった。
 だが、最後尾になった一隻は、寄せてくる敵の小舟から乗り移られ、混乱が生じた。
 それを見た弟彦は、ほかにも乗り移ろうとするヒエダの配下たちに矢を放ち、けん制した。
 最後尾の船もかろうじて、敵を叩き落すことに成功する。

 だが、敵の飛来する矢が、すでに多くの者を傷つけていた。
 船には左右八本の櫂の漕ぎ手がいるが、彼らの中にも負傷した者、あるいは亡くなった者まで出た。
 そのためオウスの船団の速力は今一つ上がらなかった。

 そして執拗に、ヒエダたちは追走してきた。 
 オウスの船は押し出されるように北上を続けた。

 その先には、吉備の西の穴戸が待ち受けていた。





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