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作家として
占星術研究家として
家族を持つ一人の男として

心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。


2022年11月15日火曜日

新しく宿す命が未来を変える

 


― the field for the study of astrology and original novels ―

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なんと今日……



桜が咲いているのを発見!



このところの日和に誘われたのでしょうか……?

秋に開花する桜の品種もあるそうですが??



今日はお昼近くなってジョギングだったのですが。

なんだかSFちっくな? 面白い雲でした。


帰宅後、休暇中の娘と母のためにラーメンを作りました。



本日はこれ!

日清のラーメン屋さんの、豚骨しょうゆ。

フライパンで野菜などを炒めて、そこへ水を入れて沸騰させ、麺を入れて茹で、最後に火を止めてペースト状のスープを投入してできあがり。



ちょっと盛り付け具合がイマイチ以上に悪いですが。(笑)
味自体は、とってもおいしい。
しかし、普通に
・炒めた野菜やベーコン
・茹でた麺
・別に鍋で一煮立ちさせたスープ
これらを最終的に合体させた方が、ひょっとしておいしいかも。

上記の作り方は、フライパン一つで完成させちゃえますよ、という日清のレシピ通りにやっただけなんで。
今度作る時にはそうしてみよう。
その方が見た目もいいに決まっている。


宿命と運命


宿命は、生まれる前から定められた人の運命。
運命は、人の意志を超越して、その人に巡ってくる幸・不幸の力やその巡り合わせ。

言葉の意味合いとしては、そういったニュアンスが強いようです。
よく説明されている解説を読むと、どちらも今生きている自分の意志や努力ではコントロールしにくいものだというのは、共通しているようです。

しかし、宿命と運命ではニュアンスが微妙に異なりますよね。
どう違うか?

宿命はどちらかというと、前世とかそういうものも含めた、その人のカルマとか、また何よりもその人が〝今回の人生では絶対に体験したいこと・成し遂げたいこと〟といった、魂の計画が含まれているように感じます。
カルマにしても自分の計画にしても、それは〝先天的〟であり、〝内的な要因=自分〟にあります。

対して、運命は出生後に巡ってくる様々な幸・不幸の波を表現していて、これは明らかに〝後天的〟であり、〝外的な力の働き〟です。
外からやってくるもの。

こうして考えると、運命のほうが、宿命に比べて、はるかにコントロールできたり、対処しやすいものだと言えます。
人の意志に関わりなくやってくるというのが定義なのですが、関わりがないということは、自分が成し遂げたいこととたまたま一致した運勢の追い風になることもあるわけです。
もちろん逆風もありますけど。

だから、運命というのは、対処しやすく、生かしやすいものでもあり、場合によっては変え得るものだというのが、占星術研究家としての私の立場です。

よく言われますが、運命という言葉は、命を運ぶものです。
どう運ぶか、どの道で運ぶか、人が決めることができます。

またホロスコープを観測すれば、どの年にどのような運命が巡ってくるかというのも事前観測できるので、じつは〝打てる手〟は非常に多いのです。

たとえば、ある年に健康上の問題が出そうな場合、そのハードアスペクトの始まりあたりで、人間ドックでも受診してもらえば、多くの健康上の問題をチェックできて、未然に防ぐこともできます。
予見できる症状や部位なども、ある程度わかりますから、そうならないような生活をしてもらえば良い。

何か目標を定めて動いているなら、そのタイミングを目指して努力していけば良いわけで、好機を外さないように、数年前から準備をしていけば良い。

財運の問題が出ているなら、その数年前から蓄えを作るようにしておくとか。
いくらでも、事案に対応した手段・対策を練ることができます。

一方、ホロスコープにはかなり宿命的と感じられる星の動きも観測されます。
ある種の強制力を持ったもので、完全にそうだと断定はしにくいですが、
確かにホロスコープには、
ただの外的運命と言ってしまえる力と、
不可避で強制的な宿命的力と、
2種類に大別できるように思います。

この宿命的力というのは、もちろん良いものもありますが、迷惑な力の作用もあります。
それが起きる時期というのは、同様に事前観測できますので、前述の対処や予防策は打てます。
が、それを行っても、〝減殺〟はできてもダメージは受ける、あるいは避け得ない、というものも含まれてきます。

それくらい効力が大きいし、
だいたいそのような星の動きは、その人のネイタルに由来する、まさに魂の計画に基づいて起きるはずのものもあるので、
魂が望む(痛い体験だとしても)ものゆえに、外してはならない体験である可能性もあるわけです。
(たとえばその体験をキャンセルすると、カルマの解消ができないとか)
(その後の人生をより良く展開させ、ステップアップするためには必要だとか)

こういった星の動きもあり、私の中で宿命というのは、簡単に変え得ないものという位置づけになっています。

これはまあ、運命の研究家さんたちが、そそれぞれご自分でどう定義づけするか、というようなことなので、「私の考えは違う」という方がいて当然。

別に、私もこの意見を広めたいわけじゃありません。

人それぞれでいい。


ただ、最近読んだ桜井識子さんの御本に、山岳系の神様の場合、「魂の計画を変えることもできる」というご説明があり、そうなんだ! と驚いたのです。


熊野本宮とか、役行者が開いたような山には、山岳系の強い力を持った神様がおわすそうです。

私もおそらく、霊的には「山岳系」寄りらしいのです。

kira*kiraさんも、私は山だと言っていました)

(下の記事)



宿命を変え得る。
その可能性は、現実に照らしてないとは言いきれません。

たとえば、すごくわかやすい現世的な宿命は、男に生まれたとか女に生まれたとか、そういう話。
もう誕生時(というか胎内で)に決まっています。
過去の概念だと、これは〝変えられない宿命〟でした。

しかし、性同一障害の方が、これを肉体的にも法的(行政的)にも変えることが可能になってきましたよね。

また、「あの親の元に生まれた」というのも変えられない宿命です。
どんな毒親でもです。
しかし、この親との関わりを〝断つ〟ことはできます。
中世以来の封建的な発想では、こういうことは実現が難しかったのですが、今は断固やろうと思えば、できるようになっています。

時代が変わることで、およそできそうもなかったことが、今はできる可能性が広がっているわけです。

そういう現実的な側面だけでなく、時折、天佑神助というのか、
きわめて危ないものが帳消しになるとか、
そういうことも、ごく稀に目にします。
つい最近もありました。

神仏の世界では、およそ現実的にはムリと思えるものも、覆してしまえるらしい、ということを、実は痛感しているのです。
見せられた、というべきか。

これは、逆に言えば……
神仏の覚えめでたき人になれば、私が観測している宿命レベルの危ない星の動きでも、事なきを得てしまう可能性もある、ということ。

こういう恩寵を受け取る人とそうでない人とでは、
宿命の意味合いも違ってくるのかも知れません。

宿命とは、宿した命
つまりこれは、カルマや魂の計画を持って宿した命であり、それはなかなか変え得ない
が、もし、これが(新たに)宿す命であれば、
生きている間に、過去に由来しない、新しい段階の宿命へと進めることになるのかも知れない。

だとしたら。
宿命でさえ、変え得ないものではない。
私たちは、新しい命を得て生きれば良い。

ということになります。
以前、この運命と宿命の違い、定義などはブログで書いた記憶がありますので、ここで、新しい視点を持って、記事を作成しました。



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