半島の尾根越えを行ったオウス一軍は、未明にアクラ王の拠点の一つを急襲した。
それは児島に接近したときにオウスらを襲ったヒエダが管理する地であり、彼らにしてみれば背後から不意打ちを食らった形であった。島の西側に沿って並ぶ山々は、自然の盾であり、そこを穿って攻めてくる敵は、まったく想定されていなかった。
オウスらの大和の船が、東の穴戸から抜けていったということも油断を誘う大きな要因になっていた。
オウスは自ら先陣を切り、拠点へ攻め込んでいった。
吉備武彦はオウスの大和の皇子としての立場を慮り、いさめた。が、形だけうなずくオウスの本音がどこにあるのか、うすうすわかっていた。
心のどこかで、この皇子の本性を見たいという、熱い期待のようなものさえ感じていて、そのため駆け出す皇子を制止することができなかった。
オウスはまるで、剣の舞を踊っているようだった。
その姿は血にまみれながら、まるで優美なほどだった。
人を斬り、手にかけるという行為は、とことん残虐なものだ。
しかし、オウスのそれは、意味不明の「様式美」のようなものを備えていた。
すべてが理にかなっており、その理を体現するためには、身体能力のすべてを発揮し、なおかつ、当たり前に見えている視野以外の、それこそ背後や遠くの闇の中にさえ届く「眼」を持っていなければならないはずだった。
オウスはほとんど超常的な五感以上のものを持ち、自分を害する攻撃が、どこからどう向けられてくるか、すべて予知していて、その予知に従って超絶的なスピードで動く五体を駆使していた……ように見えた。
襲いかかる剣も矢も、オウスには事前にすべての軌道が見えているように思えた。
そのように考えないと、あり得ない状況がいくつもあった。
普通なら幾度も死んでいるのに、オウスはそのすべてを紙一重でかわし続け、最大効率の太刀さばきで敵を打ち倒していった。
スサノヲ――
古より伝わる荒ぶる神の名がよぎった。
スサノヲの再来だ、と。
吉備武彦の感じた印象は、間違っていなかった。
オウスは戦いの局面において、自分がなくなっていた。「無」になっていた。
それはあれこれ、思考で考える状態ではなかったということだ。
そのような状態であればこそ、敵の意志はすべてキャッチしていた。
だから、自分がなにをすべきか、どう動くべきか、考えずわかっていた。
さらに――
武彦が想像だにできない特殊な感覚が、オウスにはあった。
この自分が無になって動くとき、オウスは必ず特殊な時間感覚に陥った。
それは、すべてがスローモーションになり、自分だけが他者とは違う時間の中で動くことができる、という感覚だった。
他人にはどれほど紙一重に見えても、オウスには余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)でかわせる攻撃ばかりだった。
むしろ、余裕があるからこそ、紙一重まで待てる。
そのタイミングにこそ、相手を屠(ほふ)るもっとも適切な間合いが生まれるということを、彼は本能的に理解していた。
その超常的な感覚による動きこそが、武彦に「舞のようのである」と感じさせる要因だった。
すべてに無駄がなく、
すべてがなめらかで、
そして、その結果――
オウスの殺した相手は、もっとも多くなった。
しかも、彼らの多くは、ほとんど一撃の太刀で命を奪われていた。
血で濡れ、切れ味が悪くなれば、時に敵の剣を奪って使い、時に敵に衣類で血糊を拭くことさえオウスはできたし、それがかなわぬときは突いた。
もしくは、頭蓋を打ち砕いた。
甲冑を身につけているものは、正確に首を切った。
そうして、朝日が昇る頃には、ヒエダの治める拠点は壊滅した。
ヒエダは戦いの途中で逃走したようだった。
「死体を片付けろ」
オウスは命じた。「腹が減ったな――。誰ぞ、朝餉の用意を」
累々たる屍の上、オウスは何事もなかったかのようだった。
武彦は、この時、失禁した。
戦いのさなかでさえ、そのような醜態は、ついぞ見せたことがない一国の主だった。
――恐ろしい。
と思うと同時に、悟った。
この国の未来は、この御方によって決まる、と。
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