― the field for the study of astrology and original novels ―
作家として
占星術研究家として
家族を持つ一人の男として
心の泉から溢れ出るものを書き綴っています
両腕共に、というのが理想なんでしょうけど、私の場合、キイボードを叩くときに、独自の癖がついてしまっていて、左腕はあまり動かさないんです。
うまく高さ調節した椅子のアームレストのほうでカバーできちゃうので、
右側だけにしました。
これを使った場合、マウスは机よりも少し高い位置にあったほうが良いので、今はとりあえずマウスの下に厚みのある古本をパッド代わりに置いています。
かなり、いいじゃん!
水木一郎さん
アニソンの帝旺と呼ばれた人物。
私にとっても、子ども時代のリアル体験アニメ、特撮の歌声と言えば、もう水木さんでしたね。
有名なのは「マジンガーZ」ですけど、個人的には「バビル2世」が大好きでした。
そうそう。
アニソンの帝旺だけじゃなく、特撮の主題歌なんかも数多く、「仮面ライダーX」とか、私はリアル世代。
ホロスコープは高機能 占星術ソフト・アマテルで作成。
出生時間は不明なので、各天体のハウスなど分かりませんし、
ましてや、月が蠍座なのか射手座なのか、という問題すらあります。
どっちかと言えば、射手座なのかな?という気がしますが、そのへんはわかりません。
非常に興味深いのは、水木さんの火星で、ノー・アスペクトです。
水木さんの歌は、いかにも熱血的なものや、アニメにせよ特撮にせよ、火のエレメント的なジャンルが多いです。
戦いとか、マシーンとか、そういう世界。
これは明らかに火星とか火のエレメント的なのですが。
チャートを拝見すると、そこまで「火」っぽくもないし、火星がノー・アスペクト。
これは、「こういうノー・アスペクトの生かし方もあるのだろうか」と考えさせられた部分でもあります。
水木さん、「アニソンの歌手は自分がと、でしゃばらず、その作品を前に出すように歌う」みたいなことを仰っていました。自分が引いたところで歌っているわけです。
そして、アニメなり特撮なりが前面に出る。
普通は、そのう歌を歌う人が前面に出るわけですが、そうではないのだということです。
でも、あの、スカーフ?がたなびいたように固められている姿は、いかにも作中に存在していそうな? 熱血漢。
チャートは、このアンバランスを、ノーアスの火星が表現しているようにも思えるのです。
太陽と土星は交換配置。
信念の人でしょうね。
かつ、晩年のほうが評価を得やすいかも。
まだまだ、これからも歌い続けて欲しかった。
ご冥福をお祈りいたします。
(水木さんに関する深掘り記事は、オンラインサロンでご用意しておきますが、まだ募集しておりません)
私は……
いろいろ形あるものを残してきた人間ではありますが(書籍とか)。
過去の自分は、これからの自分にはほぼ関わりなきものと考えています。
過去の作品が評価されることはない。
はずです。
そんなたいそうなものは書いていない。
あ、でも、市民創作ミュージカルで書いた脚本、
「最後の五匹」
「ヤオヨロズ」
「KAZEの道」
については、ちょっとだけ誇りに思っていますし、どこかで再演されたらいいな、くらいには考えています。
ただ、ものを作ることができるというのは、幸せなことだなあと感じています。
自分の存在が消えても、〝それ〟は残されるのですから。
また。
過去の小説作品の中には、微細ですが、〝誰かの人生に影響を与えた〟ものもあるようです。
そういうお便りをいただいたこともあります。
それが偉いとか、そういうことではないんですよ。
わかりやすい〝例〟ということです。
誰もが、リアル自分や自分の作り出したものを通じて、他人や世界に影響を与えています。
そのすごく小さな影響が、結果的には世界に波紋を広げたりします。
本人には、それは見えない。
神様や仏様みたいな視点でないと俯瞰できないことですからね。
私たちは全員、この世になにがしかの波紋を起こす存在。
どんな波紋を広げるか、何かと結びついてどれほど大きな波紋となるか。
それは人それぞれ。
でも、生きている意味って、そういう本人には見えないところにあるんですよね。
だから、生きる意味など、あまり深刻に考えなくても良いような気もします。
創作できる人は創作すればいい。
それが、どこかで誰かを助けるかも知れない。
そういうものです。
私自身、過去に一本の小説で人生の軌道修正が為されたことがあります。
小説でも、舞台でも、音楽でも、他の芸術でも。
分かる人には分かる。
伝わるべき人には伝わるのです。
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