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作家として
占星術研究家として
家族を持つ一人の男として

心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。


2022年6月11日土曜日

「何か」を感じるセンスこそが科学

ホロスコープにあまりにも慣れ親しんでいると、

自分の中では、〝それ〟が常識化してしまう。

 

〝それ〟というのは、つまり、ホロスコープがその人の性格とかその時の運勢とか、正直に物語るという感覚です。

これは、宇宙の星の動きなど、自分とは何の関わりもない、物理的にあり得ない、とお考えの方にとっては、まったくナンセンスです。

 

実際、現状の科学的にはそうなので。

 

この点、〝科学〟とは何なのか、ということも、私たちは考える必要があります。

科学とは、言葉の解説的には、

一定の目的・方法のもとに種々の事象を研究する認識活動。また、その成果としての体系的知識。

だそうです。

 

占星術は、科学的ではない、というお立場の考えは、つまり「その成果としての体系的知識」を「科学」と考えているわけです。

つまり、現状の成果・結果としてまとめられている知識こそが科学というわけです。

 

でも、本来の科学は、なんらかの不思議な現象があるとして、「それがなぜ起きるのだろう」とか、「この条件で、ある出来事が共通して起きるのはなぜなのか」とか、そういうことを検証する、研究する認識活動なのです。

 

これは、ずっと以前にも書いた記憶がありますが。

たとえば、空に虹が現われます。

現代の知識を持つ私たちには、これがなぜ現われるのか、はっきりしています。

大気中に水の粒子が存在し、そこへ太陽の直射日光があるとき、その水の粒子を透過した光が屈折、分解されることで、七色の虹になります。

 

これは太陽光を背にして、自分の視野の範疇で、うまく屈折分解されると出現します。

つまり、太陽が出ているときに、それを背に、水道のシャワーなどで霧状にした水を拡散させると、目の前に簡単に出現します。

 

こういった現象は、古代においてはかなり不思議なものだったでしょう。

しかし、体験的には、大気中が水っぽい(雨上がりとか)、その時に太陽の光が差すと、太陽の反対側に虹が出る、ということは、なんとなく理解できるはずです。

 

この原理は、今では〝科学的〟に証明されます。

 

私たちがやっている占星術、ホロスコープの研究というのは、こういった不可思議な現象とどこまでも向き合っていくものです。

たとえば、進行図の中の太陽と金星が合となる時は、典型的な恋愛や婚期ともなるものですが、これが発生したときに、「実際に結婚した」「結婚には至らなかったが、強い恋愛を体験した」とかいうのは、非常によく起こりえる現象です。

 

その人の人生の中できわめて限定されている太陽と金星が合となる、「一定条件」の中で「恋愛や結婚」に関する出来事がクローズアップされる。

この現象が、非常に高い確率で観測された場合、

「そこには、なんらかの因果関係があるのではないか」と考えるのが、

本来の意味での科学的です。

 

科学というのは、すでに「体系化」されたものもありますが、まだまだ未知の領域も多い。

というか、この宇宙のほとんどは、まだ人類には未知です。

そう考えたほうが理に叶っています。

 

すでに人類は宇宙のほとんどを理解している、と考えるほうが、よほど傲慢ではないでしょうか。

人類は地球のことすら、まだまだよくわかっていない。

 

なにか、電子顕微鏡で観測するとか、何らかの計測器で探知するとか。

そのようなものは、今の科学では不可能でしょうけど。

一定の法則の下に、ある現象が起きる確率が高いのなら、そこには何か理由があるはず。

 

現象の占星術の研究というのは、そういった形で進められているはずです。

私は、これを真の意味での科学的なアプローチだと考えています。

まだ体系化されていないだけ。

物理的な意味での証明が不足しているのは事実ですが、「非科学的だと否定する」というのは、その姿勢自体が、実は非科学的なのです。

 

古代、虹が出現したとき。

「こんなものは偶然に過ぎない」

と言って、虹の存在そのものを否定してしまうのと同じになってしまう。

 

じゃ、なんで出現するのか、どういう条件で出現するのか。

検証していき、その時点で、完全に物質的に証明されなくても、

「どうやら因果関係はありそうだ」

というところを手がかりに、いろいろ検証していくことが、本来の意味では科学的なはずなのです。

 

どうも、人間は

何かに帰属し、

何かに依存し、

その拠るべきものから自己を打ち出そうとするとき、

どこまでも狭量になり、

自分が知ることだけが絶対と思いがちになるようです。

 

人が何かに帰属するのは、当たり前の話で、それが悪いわけではない。

エゴが、その帰属意識で機能するときに、わりと問題を起こす。

 

ここで!

気をつけなければならないのは、

 

自分自身のこと

 

私の場合、ホロスコープの星々の動きは、かなり絶対的に思えます。

絶対確実なものでないとしても、法則性があるわけです。

 

それを頭から確実と思い込むのも、実は非常に危険なのです。

なんらかの占術を研究されている人は、かならず自分が寄る辺とする理論や法則が存在しますが、それを

「絶対」

とすることは、迷路の入り口ともなり得ます。

 

「なにかおかしい」と感じることは、とても大切です。

人でも、モノでも、あるいは知識でも。

 

こういった感覚を、どこまでも失わないでいたいと、

そう思うゼファーです。

(つまり、ホロスコープはすごく正直なものだとしても、その検証は常に続けていく)

 

 

 

 

    

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