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amebaのZEPHYRの後継ブログです。


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2015年11月6日金曜日

きみさらずタワーと鹿野山

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本日より、すべての鑑定受付を再開いたします。
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一昨日、また別に記事をUPしますと予告していたのが、今日の記事です。

4日。
私は千葉の木更津に向かっていました。

都心から一時間ちょっと。

本当は乗り換えなしで行ける列車が少し後にあったのですが、田舎者ゆえの浅慮。
千葉で乗り換えした後は、避けようと思っていたラッシュに巻き込まれ、ずっと立ちっぱなしでした。

もっとも東京へ向かう列車のほうの混雑に比べたら、ずっとましなようでした。

木更津に到着して、コンビニのコーヒーを飲む時間がありました。

そして近くのレンタカー屋が開くのを待って、軽4を借ります。

まず、向かったのは、「きみさらずタワー」でした。

木更津市郷土資料館金のすずなどもあるこの高台。

登り口を見つけるために、周囲をぐるぐる回ってしまいました(苦笑)。

もうちょっと親切な案内板がほしい。


ようやく見つけて、駐車場から徒歩で登っていくと(上のほうにも駐車スペースがありました)、ぐるぐる回っているときにも市街からその姿が確認できていたタワーの足元に出ます。




誰と誰の像?
男女ということは、すぐにお分かりいただけるかと思いますが。


ヤマトタケルとその妃、オトタチバナ姫の像なのです。

写真を撮り始めてすぐに気づきました。

なんと!

たまたまですが、二人の間に月が……




なんとも象徴的な図になりました。

ヤマトタケルは東征のさなか、走水(神奈川県の観音崎あたり)からこの房総半島へ渡ろうとし、海が荒れて窮地に落ちました。

そのとき、自らが犠牲となって入水し、海の神の怒りを鎮めたのが、オトタチバナ姫でした。

ヤマトタケルはこのタワーの建つ小高い山の上から海を眺め、その場から立ち去ろうとしなかった。
それが「君去らず」=木更津の語源だというのです。


この小高い丘のような場所からは、木更津のみならず、神奈川や東京を一望にできます。



この日は最高といっていいほどの快晴で……

ん?

お、おお。

(ノ゚ο゚)ノおおおおおおっ!

富士だ!
富士が見える!



富士山を見慣れている地域の方には、なんだと思われるかもしれませんが。

じつは私、なかなか富士の全貌を見ることができなかったのです。

高校時代の修学旅行でも天候が悪く。

2013年の銀婚式旅行の時も。

前回の静岡取材の時も。

東京への往復でも。

なぜかお姿を拝見できなかった。

今年春の東京鑑定の帰りに、新幹線の中から見ることができました。

それ以外では、たぶんもっと若い時に、一度バイクで東京・神奈川まで行ったことがあるのですが、その時は伊豆を走った時に見た記憶があります。

それはたしか1987年ごろの話だったはずで、それ以来、好条件で富士を見ていないのです。

スマホの写真では今一つですが、感激しました。



そして次に向かったのは、鹿野山九十九谷。

この地には、往古、ヤマトタケルが制圧したと伝えられる民たちがいました。

それは朝廷にとって、まつろわぬ「鬼」でした。

この地には、その鬼が泣いて命乞いをしたが、ヤマトタケルによって五体をバラバラにされ、川が血に染まったという伝承があり、その山が「鬼泪山」=きなだやまと呼ばれています。

またこの地には、スサノヲのヤマタノオロチ退治に似た伝承もまたあります。



九十九谷から眺める房総の風景は、雄大であり、豊かでした。

この地に生きていた民。

この風景を見たときに、その民たちがこの地で喜びに満ちて歌い踊っていたのが感じられました。

ヤマトタケルは彼らを容赦なく攻め滅ぼし、土地を奪い取っていったのです。



この地での戦いは、「連理の翼」の中でももっとも重要なものとなるはずです。

そのことは確定していたのですが、来てよかった。

この地を見ずして、この地のことはやはりわからなかった。


私は帰路に着きました。

帰りの新幹線も富士側でした。

夕景の富士が見送ってくださいました。




感謝。

すべてに。





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