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2016年5月9日月曜日

縄文時代は平和だった


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森乃僚子さんのお奨めもあって、一昨日から早朝ジョギングを始めたゼファーです。

朝一番で動くと、たしかに体も目覚め、活性化される感じがしますし、ダイエットにも効果的です。

しかし、今日は雨。

走るのはあきらめて、氏神様のところまで散歩だけはしてきました。

10日間の禁酒期間も有効に使っていたので、なんとウエストがここのところ4センチほど絞れました!!
v(o゚∀゚o)v

このところ膨張一方だったので、ちょっとうれしい。

昔のパンツやスーツのスラックスがはけるくらいになるのが、目下の目標です。




先日、ネット上に興味深い記事を見つけました。

岡山大大学院社会文化科学研究科の松本直子教授(認知考古学)、山口大国際総合科学部の中尾央助教(科学哲学)らの研究グループによつ報告です。

それは……


縄文時代は争いが少なく平穏だったという研究報告です。

なんと全国で出土している縄文遺跡からの人骨を調査し、戦争とか暴力などが原因と考えられる死亡率を分析したそうです。

これは欧米などと比較した場合、5分の1以下だろうです。

全体の1%台。

これは格段に低い数値です。

古代にさかのぼるほどに、人間は狩猟生活などを行い、より原始的で本能的だったというような思い込みがありますが、この研究報告はその固定観念に一石を投じるものです。

つまり現代、戦争やテロがなくならないことの理由を、多くの人が「戦うことが人間の本能」だと考えているのです。

実際、欧米やアフリカなどから出土する人骨の死因研究では、日本の縄文時代と同じ時代から大量虐殺を思わせる、明らかに戦乱的なものが見つかっているそうで、海外では昔からそうだったという報告もあります。

だからこそ、大昔から戦うことは本能だったし、その野蛮さを人間は現代になっても捨てきれないのだと。

この考えは、まことに呪縛的です。

これが真実だとすれば、人間はきっとこの先も戦争をやめられない。


が、そうでない地域があった。
縄文時代、より未開であったと考えられているこの時代にさかのぼると、少なくとも日本では戦争があまりなかったという科学的根拠が提示されたわけです。

ということは、戦うことは本能ではないのではないか?

もしどの人類にも打ち消すことのできない本能として戦いが刷り込まれているのなら、縄文時代も同じだったはず。

しかし、それは環境によってはなくなってしまうこともあると考えられるのです。



近年、縄文時代の研究が進んできていて、この頃は民は豊かな自然環境の中で、非常に効率的な採取狩猟の生活を行っていたらしいと判明してきました。

自然と共に生きる。

食べるものがある。

そのような環境では、人を傷つけて奪う必要もないということです。


そういう意味では、やはり飢えや貧困こそなくさねばならないものということになりそうです。



また日本人は、震災の時でも規律正しいとか、助け合うとか、よく言われます。

これは近代になってからの教育の成果だというご意見もあるのですが、私は長い歴史の中、縄文も含めた伝統ではないかと考えています。

争う必要のない、地球規模で見たときには一種の楽園的な環境が日本列島にはあった。

この日本という土地が持つ波動のようなものが、そういった資質を長きにわたって作り出してきたのではないか、とも。


そのような波動が、世界に広がっていくことを願います。




2 件のコメント:

  1. 小林達雄さんの縄文人の文化力という本を読んで(もうかなり以前ですが10年ほど前?)とっても感動したのを思いだしました。狩猟社会には飢饉はなかったこと農耕社会になってからのほうが餓死者が増えたことも書かれていて食の対象を限りなく拡張していこうとする縄文時代と特定の少量種に固定していこうとする農耕牧畜経済の落とし穴が書いてあって天候不順や災害があったときは縄文文化式の狩猟生活のほうが生き残ることができるみたいな感じでそれに縄文時代は争いが少なく平穏だったとも書いてあったような、、、ええ~教科書で習った事と反対!とほんとでも確かに目からうろこでした。小林先生は縄文時代の第二の土器(土偶とかの呪術的なもの)の文化が失われていったのを嘆かれていてそれにもえらくそうかそうなんだと感激した覚えが。これから早速小林先生の本引っ張り出してこよう。私もこのかたのおかげですっかりラブ縄文です。

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    1. ヤオヨロズの小説で書きましたが、弥生以前の文化を持つ現日本人こそが、現代にもっとも強く通じる根っこにあり、むしろ弥生時代の金属器、稲作定住がはじまると、争いが多くなったと、私も考えています。
      小林達雄さんの著書そのものは読んだことはありませんが、それに触れている本を間接的に読んだような気がします。
      最近、縄文の分化が見直される風潮があって、嬉しいのであります。

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