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作家として
占星術研究家として
家族を持つ一人の男として

心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。


2016年3月15日火曜日

分かち合いの半年


このところ、「学習」モードに入っています。

これは前満月(2/19)に入る少し前くらいなのですが、その意味がここへ来て明瞭化しつつあります。

この新月は教え教えられること、分かち合うことに通じているということをお伝えしましたが、そのことがわが身に起きる前兆として、この学習マイブームがあったようです。
φ(.. )

実を言えば、占星学研究においてある種の飽和状態というか、行き着くところへ行き着いていた状態だったのです。

もちろんそれは個人の錯覚で、「行き着いて終わりはない」のです。

極めたというにはほど遠い。

正確にはこれまでやってきたことの中では、ある種の限界点までやってきていたということにすぎない。

たとえば中学校という教育過程の中で、そこでの学習がほぼ満了したという状態で、それ以上のことは中学校を飛び出して行かないと学べないという状態だったのですね。

この胎動は、しばらく前から始まっていたような気がします。

とくに占星術講座1期2期を終了したあたりから感じていました。

3期になると1期と2期で蓄積したノウハウが効率的に働き、私の持っているものをお伝えするということがスムースにできるようになり、そうして整理されてくると、もはや自分の持ち物は無くなってくるのです。

要するに人に渡してしまっているのです。知識や技術を。

それを惜しむとかいう感覚は、私にはあまりありません。

渡したからと言って空っぽになるわけでもない。

それらは今でも私の手元にはあるのですが、それではまったくもの足りなくなってきていたのです。

別な見方をすると、人に伝えることで、自分が持っているものが大したものではないと認識してしまうという側面もある。


そうしてこれまでの知識や技術の中で決定的に欠けているものが漠然と認識されたところに、新しい観点が飛び込んできたわけです。

これは結局、自分の持っているものを放出し続けた結果、新しいものが入ってくる時期になり、その余地ができたということなのかなと感じています。



人に与えたほうが得られる。
豊かになれる。

ということを、今ささやかに実感しています。

そういった流れが、まったく無意識だったのですが、この新月に訪れたことは不思議です。



ちなみに。

この新月は日食でもあり、半年ほど続くものです。

浄化と癒しだけではなく、この教え教えられ分かち合う流れも、この半年の効力があります。

惜しまず与えることは、一見損に思えるかもしれませんが、多くの人がそうしたほうが幸せが相互に増えていくと確信します。